新元号「令和」の実相2019-002

 

新元号「令和」の実相

平和憲法を遵守して国民を再び戦禍に巻き込むまいとする天皇家の強い思いとそれに逆行する安倍晋三首相の政治スタンス。新元号「令和」制定の背景には、身を挺して平和日本と国民を護ろうとした天皇家と安倍晋三首相との間で激しい水面下の攻防があったことが関係者の話で明らかになった。新元号「令和」の実相をレポートする。(WORLD REVIEW編集長 松野仁貞)

◇Rebuke (譴責する、非難する)

平成27年(2015年)8月15日。70回目の終戦記念日にロイター通信の配信した記事は次のような書き出しで始まっていた。

TOKYO (Reuters) - Japanese Emperor Akihito marked the 70th anniversary of the end of World War Two with an expression of “deep remorse” over the conflict on Saturday, a departure from his annual script which could be seen as a subtle rebuke of Prime Minister Shinzo Abe.

憲法改正、安保法制などに象徴される安倍政権の右傾化と安倍晋三首相の政治手法に懸念が強まる中での戦後70回目に当たる戦没者慰霊式典。天皇皇后両陛下は硬い表情のまま安倍晋三首相を一瞥するご様子も見せずに会場は異例の雰囲気に包まれた。

ロイター通信の記事の見出しは Japan emperor expresses 'deep remorse' on WW2 anniversary 。一方、安倍晋三首相に関しては Abe on Friday expressed “utmost grief”, but said future generations should not have to keep apologizing for the mistakes of the past. He offered no fresh apology of his own. としており天皇陛下との温度差は明らかだ。ロイター通信の記者にも、天皇陛下のお言葉は安倍晋三首相の「軽薄さ」(関係者)に対する譴責(Rebuku)と映った。

Photo: August 15,2015, REUTERS/Toru Hanai

◇「伝家の宝刀」

平成28年(2016年)8月8日午後3時、天皇陛下は「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」と題するビデオ(宮内庁提供)の中で生前退位を強く示唆された。

 

当時の天皇陛下のご心境について複数の関係者は次のように解説する。

「安倍晋三首相の下で憲法改悪などに向けた動きが着々と進行する中で、安倍首相の動きを封じ込めるには国会での数の論理を超越して政治日程を大幅に狂わせる衝撃的なインパクトが必要だった」

「生前退位という難題を提示すれば、生前退位の是非を含めて国民的な議論が沸き上がり、その結論が出るだけでも数年間はかかる。その間、安倍首相の暴走に歯止めをかけることができる。時間をかければ政権交代も可能になるであろうというのが天皇陛下のお考えにあったのではないでしょうか。陛下はまさに平和日本と国民を護るためにご自身の進退という『伝家の宝刀』を抜かれたのです」

「ところがマスコミの反応も鈍く国民的な議論にもならぬまま事態は推移。安倍晋三首相は特例法を制定することで生前退位を”既定事実化”してしまった。陛下としては内心忸怩たるものがおありになったに違いありません」

その後の節目節目における天皇皇后両陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下のご発言からも天皇家の安倍晋三首相に対する強い不快感と深い憂慮のお気持ちが伝わってきている。

◇「安」の字

新天皇の即位を控えた皇太子殿下(代表撮影)=産経新聞HPより

天皇陛下の生前退位と皇太子殿下の新天皇即位の流れの中で新しい年号が国民の関心を引いた。安倍晋三首相の恣意的な思惑で新年号が制定されるのかといった懸念も同時に高まった。

政府が新元号の考案を複数の専門家に正式に委嘱したのが平成31年3月14日。新元号決定まで僅か2週間というギリギリのタイミングだった。こうした慌ただしいスケジュールについて永田町関係者は「首相の中では年号の腹案が有り、形式だけを踏めば自らの思惑通りの年号に決まるという読みがあった。時間切れという状況を作れば自らの意思を通しやすくなる」と解説する。

委嘱された専門家たちは複数の案を提示したがいずれにも決まらずタイムリミットが迫った3月29日、安倍晋三首相は皇太子殿下に年号制定について報告、複数の案を提示したという。

関係者は「安倍首相は自分の名字の『安』の一字が使われた案を臆面もなく複数示したと言われる。これに対し皇太子殿下は、穏やかな表情ながら強い意思を示されて再考を促された模様です」と語る。

皇太子殿下の強い意向を受けて同日、政府は『安久』などの案については「俗用の一種に当たるので、なるべく避ける」といった内容の情報をリークする事態に追い込まれている。

「天皇家の強い意思が安倍晋三首相の思惑を打ち砕く中で決まったのが新元号『令和』だった」(永田町筋)。

◇以心伝心

新元号「令和」に関する企画展の解説会を開いた中西進氏(共同通信)

複数の政府関係者によると「令和」の考案者は中西進氏(86)とされる。中西氏は筑波大学教授、国際日本文化研究センター教授、奈良県立万葉文化館館長などを歴任した万葉集研究の第一人者。当初、政府委嘱の専門家メンバーには入っていなかったが、難航する新元号選定作業の中で直前になって元号制定を委嘱されたという。

「新元号は中国ではなく初めて日本の古典からということで歴史に名を残そうとした安倍晋三首相の思惑。それを見越しながら妥協点を模索した天皇家の深慮が万葉集研究の第一人者である中西氏が急浮上した背景にあるとみられる」と関係者は明かす。

中西氏は、安倍晋三首相に批判的で憲法解釈変更に反対する「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動」の賛同者の一人。平成29年(2017年)の衆議院解散では「唐突」とした上で「『政は正なり』という言葉が中国の古典にある。為政者は、率先して正しい道を歩かなければならない。政治が正しく行われているかどうかを問うのが選挙である」と手厳しく論じた人物である。

「第二次安倍政権発足以来の天皇陛下の憂慮を最も理解している人物の一人が中西氏。元号制定に関して天皇家から何らかの働きかけがあったかについては明言できないが、令和制定には”以心伝心”的な心の動きがあったことは間違いない」と関係者は指摘している。

◇悪政の指弾

「初の日本古典を典拠とした年号」「令和には人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められています」と胸を張って会見に臨んだ安倍晋三首相だが、新元号「令和」に託された意味は首相の思惑とは正反対の辛辣な内容だった。

令和の典拠となったのは万葉集「梅花の歌三十二首并せて序」にある「初春令月、気淑風和」。都から遠く離れた太宰府に遷されて長官を務めていた大伴旅人の梅園に集まって読まれた和歌32首の序文の中の「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」から引用された。

それ自体は読んで字の如くで問題はないが、この一節は中国古典を典拠にしていたことが判明した。4月1日の新元号発表の同日、岩波文庫編集部が<元号「令和」の出典、万葉集「初春の令月、気淑しく風和らぐ」ですが、『文選』の句を踏まえていることが、新日本古典文学大系『萬葉集(一)』の補注に指摘されています。「「令月」は「仲春令月、時和し気清らかなり」(後漢・張衡「帰田賦・文選巻十五)」とある。>とツイートし、他の専門家も同様の指摘をしている王羲之の『蘭亭記』の筆法に習えりとみゆ、ともある。

写真:岩波文庫編集部Twitterより

万葉集(日本)「初春令月、気淑風和」
帰田賦(中国)「仲春令月、時和気清」

万葉集の典拠となったとされる『帰田賦』は「官職を辞して郷里の田舎に帰って農業に従事する」という意味で、硬骨の官吏だった作者の張衡による後漢の安帝と息子である順帝を取り巻く宦官らの悪政に対する痛烈な批判が込められているとする説がある。

専門家は「こうしてみると『令和』には安倍晋三首相と取り巻きの悪政を指弾する意味が込められているとみても過言ではない。天皇家と年号制定者の以心伝心から生まれた新年号『令和』。「伝家の宝刀」の切っ先が今こそ安倍晋三首相ののど元に据えられたとも言える」と指摘している。